3000年の歴史、中国。

教科書で「万里の長城」を見た記憶が新しい。
小学生の私は、ここに死ぬまでに1度は訪れようと思ったのだった。
その夢が実現した。
生まれてから48年たって。

そんな理由から「北京マラソン」参加を決めて、妻と2人、そして、ドイツのランニング仲間2名の
合計4名で、3千年の歴史に対峙した。

もう20回以上走っただろうか、フルマラソン
何が起こっても驚かない経験と大陸中国の大胆さを予備知識として持っていた私には
何も驚くことが起こるはずではなかった。

ただ、そこは本当に大陸中国だった。
良い意味の適当さで、私には大陸人種のおおらかさと映ったが。

午前8時のスタートは、予想通り、何の指示も無いまま、1万人近いランナーがそれなりに
スタート地点に集まり、それなりに走る準備をしていた。
中国人の「おおらかさ」を、「それなり」という言葉で表現するのがあっているように思える。
理由は説明できないが、感覚的にだ。

「ヨーイ」「ドン」の日本的、運動会チックな合図も無くなんとなくスタート。
おおらかだ。

10億人の国民を象徴するかのような、込み方だ。
細い道に人間がたむろしていてまったく走りずらい。

そして、1キロ地点。
なんと、10キロレースのスタートの準備をしているランナーがコースを完全に
封鎖している。
それを後ろからマラソンのランナーがよけて通るのである。
ラソンのコース上に10キロのスタート場所があるという不思議。
そしてそれらの大群が集団になってコースを封鎖している。
すばらしいオーガニゼーションである。
拍手を送りたかった。

大きな「大」をトイレでしてしまったときに、流した水が脇を通って流れるように、
ラソンのランナーがスタート準備をしている10キロランナーをよけて抜いていくのだ。

こんなすばらしい仕切り、初めてだった。

という事で、大変空気の悪い北京、すべてが「新しい発見」ですべてに驚きながら後にしたのであった。